筆跡仕事人

筆跡診断 福沢諭吉のつぶれ字

一昨日の樋口一葉(五千円札)、昨日の野口英世(千円札)に続く
「お札シリーズ」の最終回

手にして一番嬉しい(笑)一万円札の福沢諭吉が今回の主役です。

明治維新の激動期を生きた偉人は筆跡から何を語るのでしょうか。

 

「天は人の上に人をつくらず 人の下に人をつくらず」(『学問のすゝめ』)
とは諭吉のあまりにも有名なことばですが、
若くして外国語(オランダ語・英語)を学び西洋文化に触れたことが、
思想的土台になっています。

著書を通じて、人間はみな平等であり、
国民一人ひとりが自立してこそ国は一人立ちする。
国民の自立には学問こそ重要と訴えています。

 

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引用の書簡は明治20年、伊藤博文首相が主催するファンシー・ボール
(仮装舞踏会)への招待を「家事」を理由に断ったもの。

欧化政策を推進していた政府は当時、
鹿鳴館を拠点に外国要人を招いて連日舞踏会を開いていました。

パッと見で、文字縦線下部の長大突出ぶりが目を引きます。

最初の行「邸」や最終行「断」など、
下に一字書けそうなくらい下に突き出しています。

この特徴は「ありきたり」では飽き足らず、
強い気持ちで事に臨む信念の強さを表します。

諭吉は、身分を問わず教育を受けられる塾を創設(のちの慶応義塾)。

維新前後の大砲の音が鳴り響くなかにおいても講義をやめず、
学生たちを次のように励まします。

「この慶応義塾は(中略)世の中に如何なる騒動があっても変乱があっても
未だかつて洋学の命脈を絶やしたことはないぞよ(中略)
この塾のあらん限り大日本は世界の文明国である。世間に頓着するな」

諭吉の教育にかける情熱は、大砲にも臆することはありませんでした。

 

諭吉はさまざまな著作で日本人の価値観の転換を促します。

『学問のすゝめ』『ひびのおしえ』では
赤穂浪士や桃太郎のエピソードを否定的に評価。

『文明論之概略』では東西文明の対比と国の独立を説き、
『民情一新』では英国流の議会設立を提案します。

『西洋事情』では学校や新聞、病院といった西洋文化を紹介。

また、国防を早くから提唱し、
帝国海軍初期の将帥の多くが慶應義塾で学んだことから、
勝海舟と並ぶ日本海軍の育ての親といわれています。

『西洋旅案内』では、西洋に根づく「保険」の概念を紹介。

そこから損害保険を取り扱う会社が誕生しました。

諭吉の文字には角ばった文字はまったく見当りません。

進取の精神に富んだ柔軟かつ自由な発想の持ち主
であったことを物語っている筆跡的証左でしょう。

 

書簡では線と線が連続する連綿線も目につきます。

諭吉は「女大学」(江戸期の封建的女子道徳の教訓書)を否定する
「新女大学」を著し、男女は平等であるべきと主張。

その主張を我が身で裏づけるかのように、
仕事で家を出る際、妻が玄関で送り迎えする習慣を絶ちます。

その先進的な考えに妻がなかなかなじめず、
しばらくの間とまどったそうです。

これも情に厚い連綿型のなせるわざでしょうか。

 

一方で、書簡には随所に空間や線間のつぶれが目立ち、
文字が「苦しがっている」ようにも見えます。

心がSOSを発する時、文字のつぶれとして表れます。

長く封建制になじんだ島国日本に
異国の思想や文化、考え方を日本に導入するにあたって、
おそらく強い反対勢力の抵抗にも遭ったでしょう。

先の保険導入の際も
「人の死をお金に代えるなんて」という声が多かったそうです。

その人知れぬ苦悩がはからずも文字に表れていました。

ただし、このつぶれは日本近代化の象徴ともいえ、
このつぶれがなかったならば、
日本は世界から大きく取り残されていたかもしれません。